2016年7月24日日曜日

自律分散型組織が生み出す新たな法律問題(その1)


  • 私は Access 開発歴が長いので,DAO と言ったら Data Access Object のことで,そんな私に「自律分散型組織」を語る資格は明らかにないのだが,TheDAO に対するハッキング事件には法律家として興味をそそられる。

  • はたしてこのハッカーを犯罪者として処罰できるのか,流失したETHが失われて出資者に実害が発生した場合に誰に対してどのような責任追及ができるのかなどなど。

  • 結論からいえば,現在の法体系は自律分散型組織なるものを想定しておらず,今ある法律をそのまま適用しようとしてもいろいろと無理がある。

  • 社会の変化に法律が追いついていない状況で,これから法律の整備が必要になるのかもしれないが,おそらく日本の法律家はもちろんのこと,海外の法律家だって「自律分散型組織」なんてものについて真剣に考えたことはないんじゃないだろうか。

  • これから研究者を目指す法学部生は,こういう誰も考えていない問題こそ研究テーマにすべきだ。指導教官の受けが悪いことは請け合いだが,50年後には第一人者として崇め奉られているかもしれない。

  • 理系の知識がなければ手が付けられない問題ではない。要するに「団体としての組織と規約を備えているが,管理者がおらずコンピューターが自律的に運営をする『自律分散型組織』なるものが世の中に存在する場合,それをめぐる法律関係をどのように処理をするか」ということだ。

  • まず刑事法について。今回のハッキング事件が日本が起こったことだったとして,現在の日本の法律でハッカーを処罰できるかというと,おそらく処罰できない。

  • 一般の方はどうして思うのかもしれないが,いかに犯罪性の強い行為であっても,法律が定める犯罪の要件に該当しない限り処罰できないというのが刑事法の大原則で,私が知る限り今回のハッカーの行為が要件を満たす犯罪は存在しない。

  • 例えば「窃盗罪」という犯罪があるが,これは物理的な財産だけを対象にしているので情報を盗んでも窃盗罪とはならない。「詐欺罪」であれば物理的な財産以外も対象となるが,こちらは「人間を欺く」ことが要件なので,プログラムに操作を加えただけの今回のケースには該当しない。

  • 「不正アクセス禁止法違反」という犯罪もあるが,これはアクセス制限されたコンピューターに不正侵入する犯罪で,今回のハッカーの行為はコンピューターに対する不正侵入というわけではないようなので,これも成立しないだろう。

  • なお,破たんした某ビットコイン取引所のケースのように内部犯行であれば「横領罪」の余地もあるが,横領罪は「自分が管理する他人の財産を流用する犯罪」だから,純粋な自律分散型組織で管理者がいないのであれば成立する余地がない。

  • 「電磁的記録不正作出罪」(上記取引所の社長は最初にこの容疑で逮捕された)については適用できそうな気もしないではないが,これは財産犯罪ではないので,他人のふんどしで相撲を取っている感がある。

  • アメリカの刑事法がどうなっているのかはよく知らないが,日本の法律と極端に違うことはないと思われ,今回のハッカーの身元が判明しても処罰されることはないんじゃないだろうか。おそらく警察の捜査自体が行われていないのではないかと思われる。

  • 国家権力が捜査をしないとハッカーを捕まえるのは難しいのだろうから,そうするとハッカーは自律分散型組織に対してやりたい放題だが,それでは正義に反するし,社会の進歩も阻害するから,やはり刑罰を科さなければならない。

  • そうすると,自律分散型組織を守るために,今回のようなケースでハッカーを処罰する法律を新たに作るべきだということになる。

  • ところで,今回の TheDAO はネット上に存在する完全にバーチャルな存在だったが,自律分散型組織の概念は,そのようなバーチャルな存在だけを前提にしているわけではなく,それが物理的な実体を伴う場合もあるのかもしれない。

  • では仮に,自律分散型組織が日本円で出資を集め,その日本円を物理的な金庫に保管していたとして,その金庫から現金を盗む行為は犯罪となるだろうか。

  • 比較のために,自動販売機から現金を盗む行為が犯罪になるかというと窃盗罪になる。窃盗罪は「他人が所持する財産を盗む犯罪」だが,自動販売機はそれを管理している人がいるから,その中にある現金もその人が「所持」していると言えるため。

  • では,自律分散型組織についてはどうかというと,それが純粋な自律分散型組織ならば管理者は存在しないのであるから,金庫を管理している人はおらず,その中の現金を盗んでも「窃盗罪」は成立しないことになる(占有離脱物横領罪というより軽い罪になる)。

  • これはやはり常識に反している。

  • 自律分散型組織というアイデアを生かしつつ,それを法律的に十分に保護するには,まず自律分散型組織に法人格を付与すべきではないだろうか。